イスラエル問題ほど日本人にとって縁遠く、理解しようにも出来ない問題はないかもしれません。しかし、月並みな言い方ですが、民族を超え、紛争を超えるものは歌であり、芸術であることをこの「愛しきベイルート/レバノンの歌姫」は教えてくれたように思います。
 カトリックやイスラムなど様々な宗教や様々な民族が入り乱れる街ベイルート。昔は中東のパリと呼ばれ、その美しさを称えられていた街も今は止まない紛争と政治の腐敗や不況などのためにその輝きが失われています。しかし政治家、タクシードライバーや職業、民族、地位を問わず、人々の心を輝かせる存在が歌手ファイルーズなのです。
 映画はドキュメンタリーで、宗教、職業が違う様々な人々が登場し、紛争時の模様や政治批判をします。その多くは13歳のころから戦った経験や現在の政治腐敗など想像を絶するくらいの暗い内容です。その中でも特に印象に残った人はカトリック教徒ですが、シリアで医学の勉強をし、アメリカ留学目前で捕らえられ、8年拘留された人の話です。しかも、8年のうちなんと独房に4年ほど入れられた、というのです。本当に想像できません。話す相手もなく、壁しか見えない4年間。発狂してもおかしくないし、したほうがむしろ幸せなのではないか、と思ってしまいます。その上度重なる拷問です。彼は医者だったので「傷口から飛び出た神経を熱湯で消毒したスプーンで押し戻し、布を包帯代わりに巻いた」というのです。
 彼は「牢屋に8年、医者として社会復帰するのに8年。合計16年かかった」と言い、インタビュアーが「その期間はどう思うか(人生で無駄だったか)?」と聞くと、胸を張って「今でも誇りだと思う」と答えるのです。この答えでもう、この問題は理解するにはあまりにも深すぎる、と思ってしまいました。理解しようとすることは大事だと思いますが、この心情はやっぱりこの平和な日本に暮らす私たちには理解はできない、と思います。
 しかし、彼を含めこのドキュメンタリーに登場する人はファイルーズの音楽を聴いたり、話したりするときは顔がパッと輝くのです。底のない深い沼に落ち込んだ人が歌を聴くと、とっさに天空に飛び出るような感じです。
 この映画はやっと最後のシーンに動くファイルーズが登場し、とうとうと歌を歌います。それまでは人々の話とジャケット写真のような静止写真だけです。その演出がファイルーズを神格化するのに効果的で、神格化することで、現在のベイルートの抱えている闇をさらに浮き彫りにしています。そういう演出の妙も感じた秀作でした。
 
 この映画のフェスティバルの一環で渋谷・アップリンク併設レストランでレバノン料理を食べました。久しぶりにホムスを食べれてトレビア〜ンでした。カナダ時代、そういえばホムスというひよこまめのディップを良く買いました。アラブ人も多いので、普通にスーパーに売っていたのです。ダーリンことフランス人シェフの ロロさんはそういえばホムスが大好きです。食べた、というとまたひがむので、秘密にしておこっと。

一日一回のクリックをお願いします。応援宜しくお願いします。